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也田貴彦blog

おもに文学やお笑いについて。

オールタイム漫才ネタベスト10 ⑩スリムクラブ「人違い」

ジャズミュージックの世界ではテンポの速い曲が流行したあとテンポの遅い曲が流行ったという歴史があるのを聞いたことがあるが、同じように、ネタのテンポの遅速という側面から漫才の歴史を説明することもできる。

かつて島田紳助は、当時主流だった漫才のテンポを8ビートとすれば自分たちの漫才は16ビートであったと表現した。倍の速さで言葉を詰め込むスタイルにすることで、新しい漫才を作り出そうと考えたという。実際、彼らの16ビート漫才は1980年代初頭の漫才ブームの波にも乗って大いに流行した。しかし漫才ブームが終焉すると今度はダウンタウンが登場してきた。彼らは4ビートの漫才だった、と紳助は評する。ダウンタウン紳助竜介などに代表されるような速い漫才を否定し、あえてテンポを遅くすることでまた新たな地平を切り開いた。

それから20年以上経った後、M−1の舞台でも同じような現象が起こった。2008年に優勝したNON STYLEは16ビート漫才だった。4分という短い制限時間のなかでより多く笑いを生み出すために、彼らは徹底してテンポを上げボケの手数を増やす戦法に出た。2009年優勝のパンクブーブーや、言葉遊びボケをこれでもかと連発するナイツも、ボケの多さという意味では16ビートといえるだろう。そんな潮流がM−1を席巻していた頃、2010年のM−1決勝の舞台に立ったのがスリムクラブだ。彼らのネタは逆に、非常に間を長くもった4ビート漫才だったのだ。

 

漫才のテンポを遅くする場合、言葉数やボケの数が少なくなるというハンディキャップを背負うことになるため、爆発的な笑いを生むためにはよほどのうまい計算と必然性がなければならないだろう。

ダウンタウンは漫才を作る時、ある設定から苦もなく導けるであろうベタなボケを出し尽くした後、じゃあそれを崩しずらしてどんな新しいボケを作り出せるだろうかと考える、という手順を踏んでいたのだという。そんな作業を経ることで、松本の一見理解しにくいシュールなボケ――真骨頂はクイズネタでの「たかし君はリンゴを5個買いにいきました。さて…なんでしょう?」だろう――が生み出されることとなった。それは誰も観たことのないタイプのボケだった。人間が理解不能なものに出会ったときには、”戸惑い笑い”とでもいえる気持ちの悪い尾を引いた笑いが生まれるが、それを完全に掬い上げるには長い間(ま)が必要だ。そしてその間をやり過ごし観客に充分に咀嚼させたうえで、浜田が戸惑いについて的確な説明・指摘を加える、だから大きな笑いがつくられる。これがダウンタウンの漫才だった。つまり松本の先鋭的なボケは、テンポの速さを捨ててこそ活きてくるものだった。

ネタの設定やキャラクタライズのあり方は全く違えど、スリムクラブのこのネタも理解不能な発言でツッコミの動きを封じるという手法であり、テンポを遅くするだけの説得力を充分にもっている。真栄田は自分の風貌と声を活かして精神を失調した人間の雰囲気を醸成することに成功しているが、このキャラクターの不気味さもスローテンポでこそじわじわと効いてくるものだ。またここまでテンポが遅いとひとつひとつのボケに何が出てくるのか当然観る者に期待をもたせてしまうわけだが、「この世で一番強いのは放射能」「この世で一番弱いのはうずら」「実家の土地に勝手に大きな塔を建てた」「左手全部折ります」「こうして成長してきたんです」などなど、いちいち期待を見事に超えてくれる。自身のキャラクターを見極める客観的視点でスローテンポを必然的に導き出し、なおかつ天性の大喜利力によって笑いの総量を担保しているネタなのだ。

2010年のM-1でこの漫才が演じられた後、審査員の松本人志は「時間が惜しくないのかね」と感想を述べた。それは挑戦心を讃えての愛のあるツッコミであったのだが、かつてまさに時間が惜しいような表現を発明し漫才を変革した自分の姿を重ね合わせもした発言だったのだろうかと、僕はテレビを前にして余計な推測をしたものだ。

このスリムクラブの登場により2010年代はテンポの遅い漫才にスポットが当たるかに思われたが、そうではなくその後THE MANZAIではウーマンラッシュアワーが台頭し、逆に32ビートともいえる超早口漫才が一世を風靡した。この一連の流れもまた、漫才の様式の変遷を考えるうえでは興趣に富んだ現象だろう。

 

(画質はかなり悪いです)