読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

也田貴彦blog

おもに文学やお笑いについて。

M-1グランプリ2015 感想

最終決戦の感想も含めて書く。コンビ名の横の数字は僕の個人的な点数。最終決戦3組を選ぶとすればメイプル超合金、和牛、銀シャリ。改めて読み返すと偉そうに理論をぶっていて厚顔不遜も甚だしく、自分で自分に「おまえは何様のつもりだ!」と言いたくなるのだが…。漫才が好きないち素人の戯言でしかないので、悪しからず。

 

①メイプル超合金 90

イロモノに見せかけて一個一個のボケがすごくしっかりしている。「平均体重底上げ担当大臣」「確定申告」「話の通じる相手じゃないんだから」「Wi-Fi飛んでるな」「こいつ…ボケそうだぞ?」。最後の「ぶばばぶばばぶばば」も笑ってしまう。確かにネタの軸は弱いし首がすわっていない感は否めない。しかし2002年の「暴れん坊将軍、ばばばーん!!」の笑い飯のような、向こう見ずさゆえの突破力みたいなものが大いに伝わってきて、僕は好きだった。出演順が違えば点はもっと伸びたかもしれない。今後に期待!!

 

②馬鹿よ貴方は 85

終盤の「大丈夫」連呼の大冒険は好きだが、とはいえ採点を要するコンテストで有利かどうかとなると、まあ難しいだろう。これは構造や技術を否定するパフォーマンスであり、音楽で言うならパンク。コンテストで1位を目指すというような上品な姿勢はパンクロッカーには似合わない。

だから彼らはM-1で優勝したいと思うのならば、不本意かもしれないがハートとテクニックの間で折り合いを付けていかなければならないだろう。ボケの平井の個性は際立っているが、喜怒哀楽という武器を全部捨てているためかなり不利な戦いをしている。平井がハイテンションになるときはあるのか?どんなときに笑うのか?取り乱すほど悲しむときは?何に対して怒りを感じるのか?…今のかたちのままではこういった展開の要素は全く使えない。彼らとしてもそんなことは重々承知であえてそれを外している、それがパンクの魂だということなのではあろうが。とはいえ2010年に同じく薄気味悪くコミュニケーションのできないキャラクターで勝負していたスリムクラブのネタには感情の起伏やドラマ性があった、そのぶん彼らのほうがコンテストという制度へ意識が向いており"巧み"であったというのは否定できない。

あとツッコミの弱さにどうしてもひっかかってしまう…

 

スーパーマラドーナ 89

準々決勝と同じネタだが、細部に変更が加えられブラッシュアップされており少々感動すらした。伏線を張ったボケや天丼ボケが多い(即死やったん?、パンティずっとかぶってた、奥歯にうんこ)が、一回目のボケのときから全部きっちり面白いし、二回目の出し方も漫才の流れに沿っておりあざとさがなくて上手い。落ち武者をテーマに掲げておきながら落ち武者が一瞬しか登場しないというのも◎。彼らの今まで見た彼らのネタの中で一番構成的で、ボケに破壊力もあり練られたネタだなと思ったが、唯一好みでないのは、田中の一人芝居に武智が解説しつつツッコむという形式。武智が終始、外野にいるというのが物足りない。漫才なのだから二人の掛け合いによる爆発が見たい!と思う僕は頭が硬いのだろうか。

 

④和牛 92

細かいところにこだわりの見えるネタだと思った。

ボケの水田のキャラクターはコントに入る前とあとでほぼ変わらず、水田本人がこういう性格の人なのかな、素のままで喋っているんじゃないかなと見る者に思わせるリアリティがある。一方、川西はコントに入ってしまうと一度も素に戻らない。ずっと役柄に入り込んで演技を継続させる。ボケでこういうタイプは多いが、ツッコミがそうだというのは珍しい。素のままで喋っている水田と、女役をきっちり演じきる川西。二人ともボケ・ツッコミの形式的な役割を越え、水田としてあるいは女役として必然的な言葉や反応を選んでいる。これは漫才とコントの境界を曖昧にして独自の空気感を生み出す高度な演出だと僕は見た。思えば導入の部分でも「俺○○やりたいからおまえ××やって」のような安易なフレーズを使わず丁寧な接続をしており、二人は極めて滑らかにコントのシチュエーションに移行している。そのときから彼らの奇術は始まっていたのだ。

ただ戦略面で言うと川西がリアクションするときに毎回ワンテンポ待つのがもったいなかった。最後に水田が「好きな人の涙を見るのはつらい」と優しさを見せる展開も、もっと笑いに繋げられたと思う。後半もっと畳み掛けていれば…

 

ジャルジャル 87

まず僕はジャルジャルのコントが大好きなのだが、それは彼ら自身が何を面白がっているのかというポイントが前面に押し出されているためである。彼らのコントには余計な枷が見えない。マニュアル的な展開を拒絶し、ボケ・ツッコミの役割分担さえ度外視する。2人の嗜好の核心を裸に近い状態で見せてくれる。

対してジャルジャルのこの漫才はどうか。僕の印象ではかなりシステマチックだ。コントで見るような2人の自由さ、いい意味での傲慢さ、馬鹿馬鹿しさは鳴りを潜めている。確かに形式は笑い飯のそれとはまた違ったタイプのダブルボケ漫才であり、紛れもない発明として拍手を送るべきものではある。しかしこのよく計算された脚本、4分に詰め込んだジャブの数、分かりやすいボケとツッコミ…ジャルジャルらしくない。彼らが自分たちの面白がるポイントよりも、賞レースで勝つための作戦を優先して作っているという感じがする。いや、それでしっかりウケているのだから何が悪いと言われれば黙るしかないのだが…いちファンとしてはもっとやんちゃなジャルジャルが見たいというそれだけのことなのだ。何より彼らの台詞回しがいかにも暗記した脚本を読んでいるという雰囲気なのが寂しい。

彼らのコントは破天荒に見えるが細部までかっちり決めてアドリブはほとんど入れない、という話を聞いたことがある。この真面目さは彼らのコントに面白みの強固な核があるからこそ活きてくる。今回の漫才ではその面白みの核心をすっ飛ばして真面目さが先んじてしまったという感じがした。だから中川家礼二の「まず大きな軸を作ってほしい」という手厳しい評価には僕も共感せざるをえなかった。

 

銀シャリ 90

圧倒的にツッコミのフレーズがどのコンビよりもよく練られている。「麹のお化けに取り付かれてんのか」「やり口がボンジョビやねん、グループ名ボンジョビでボーカルもボンジョビやから」「なんで株式会社野菜からセロリだけベンチャー起こしてんねん」「おまえティファールか、急に怒りの沸点たたき出してくるやんけ」。いつも橋本の影に隠れがちな鰻も1本目のネタでは存在感があり、コンビ芸ここにありという感じ。パンクブーブー佐藤の評のように、題材にオリジナリティーがあれば言うことなしだが。最終決戦は1本目に比べちょっと散漫で橋本の言葉選びもパワーダウンな感じがしたが、僕は消去法で銀シャリに1票だった。

 

⑦ハライチ 80

ハライチの代名詞ともいえるノリボケ漫才をやめて一般的なコント漫才のかたちで勝負してきた。しかし彼らにどこまで勝算があったのだろう。形式上の個性を捨てた代わりにどんな技を見せてくれるのかと期待したが、これといったものが見つけられなかった。誘拐というシチュエーションもさんざんやられているし。岩井の"いかれた犯罪者"感は面白く、誘拐した子に贅沢な待遇を与えるくだりも面白いのだが、もっと工夫がないと…ハライチはこんな程度じゃない…と歯がゆい思いがした。

ハライチは早い段階でノリボケ漫才というオリジナルなパターンを見つけ、今まではある程度までそれが功を奏してきたし僕も好きだったのだが、それをやめたあとどうするかというのは相当な悩みどころだろう。初期のすかし漫才をやめたあと新たなかたちを模索し続けているとろサーモンの面影が浮かぶ…。

 

タイムマシーン3号  83

「やってることジョイマンじゃない?」の時点で僕は引いてしまった。端的に言って卑怯だ。ジョイマンぽいと思うならそのネタはやってほしくないし、自分からあらかじめそう言ってしまうことで批判をかわそうとしているようにしか思えない。そもそも言葉を太らせるという道筋がある時点でジョイマンのネタとは趣きを異にしているわけなのだから、こんなエクスキューズなど使う必要はない。

さて「太らせる」「痩せさせる」という縛りでダジャレを連発していくというこのネタだが、あいにく内容自体も僕の好みではなかった。言葉の創造ではなく言葉の収集に留まっていると思った。テーマを決めたうえで面白くなりそうな言葉の組み合わせを探してきて並び替えたのだと容易に想像がつく。例えば単独ライブで何本もネタを披露するなかの一本としてこれが入っているのなら大歓迎だが、自分たちの1年の(M-1ラストチャンスだった彼らにとっては15年のキャリア全体の?)集大成を見せるこの場でこのネタとなるとどうだろう。漫才師としてのクリエイティビティと目先の客席のウケを天秤にかけ、後者をとりにいったという感じ。その通りウケ具合は全コンビのなかで最も爆発的だったので目論みとしては当たったのだろうが、それにもかかわらず順位は4位に落ち着いてしまった。これが彼らの読み違えたところだ。M-1爆笑オンエアバトルとは違う。審査員は客席のウケだけを見るわけではないのだ。彼らの他のネタでもっと味わい深いものを知っているだけに、残念でならない。

ただネタの密度とテンポの良さ、後半でツッコミにもキャラを付与して対決させる構成には感心した。

 

トレンディエンジェル  82

これほどまでに"アンチM-1"的な漫才がM-1を制したという現象は興味深い。

言わずもがなだがM-1グランプリは漫才の創造性や技術力を玄人の審査員が判定するコンテストであり、どんなネタであれ一番ウケたコンビがすなわち優勝だ!などという単純なものではない。M-1で高評価を受ける漫才の傾向をあくまで僕の印象でざっくり表現してみると…"革新性・独自性の伴う練り抜かれたネタを確かな技術力で演じる漫才"…とでもなるだろうか。少なくとも2010年まではそうだった。

トレンディエンジェルのネタは極めて敷居が低く大衆性が高い。際立った発想や確かな構成力・テクニックで魅せる漫才というよりは、飛びぬけて愉快なキャラクターが外見いじりやギャグを連発させつつ楽しく演じるパフォーマンスだといえる。どちらが芸としてより優れているかという議論はさて置き、少なくともM-1の傾向に鑑みれば後者は決勝に残るタイプではない。実際彼らは準決勝でもトップクラスのウケだったのに決勝には進めなかったというが、さもありなんである。

だが今回の敗者復活戦の審査は視聴者投票だった!これは大衆ウケのすさまじい彼らには間違いなく有利であり、結果見事に勝ち上がることができた。彼らが敗者復活枠でネタを披露しているとき、僕はM-1グランプリが今まさにトレンディエンジェルに乗っ取られているという感覚があった。少し大げさに言えば、過去10年間の歴史のなかで醸成されてきたM-1での漫才の価値基準が、二人によって食いつぶされていくのを見る思いだった。1組めのメイプル超合金と2組めの馬鹿よ貴方はのネタが終わったとき、サンドウィッチマン富澤が「M-1ってこんなのでしたっけ!?」と言い笑いをとっていたが、僕はトレンディエンジェルのネタのときに似たようなことを感じたのだ。M-1ってこんなネタも許されるんだっけ!?

というわけで周知の通り最終決戦でもウケにウケて優勝した。あいにく僕の肌には合わないが、とはいえこの優勝によって若手漫才界に確実に新たなダイナミズムが与えられたわけで、その意義は大きい。彼らは競技化・専門化される漫才に背を向け、小難しいことは抜きにしてただ楽しめればそれでいいじゃないかと声高に叫んでいる。そう考えてみれば彼らを極めて真摯な反動主義の活動家だと評することも、できるのかもしれない。