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也田貴彦blog

おもに文学やお笑いについて。

オールタイム漫才ネタベスト10 ②チュートリアル「冷蔵庫」

これは不条理漫才と言ってしまってよいと思う。
不条理とは何か。カフカの小説「変身」を例に挙げよう。主人公はある朝突然虫に変わる。理由は分からない。最後まで分からない。理屈にも常識にも合わない。だからこそ主人公は苦悩し、現実に抗おうともがく。これが不条理である。
原理はこの漫才でも同じだ。徳井は冷蔵庫のことで興奮しだす。理由は分からない。最後まで分からない。だからこそ福田は困惑し、徳井という不条理な現実になんとか対処しようと奮闘する。このネタに限らず、漫才の徳井のキャラクターは大雑把に「変人」とか「変態」と呼ばれるが、もう少し狭めて言うなら、徳井は「不条理な変人」なのである。ポイントとなるのは「理由が分からない」ことだ。もし徳井が自らの興奮について「冷蔵庫のこういうところが好きだから」などと合理的に説明してしまうと、不条理性が失われ、福田と徳井のディスコミュニケーションの面白みは強度を失ってしまうだろう。

不条理コントはよくあるが不条理漫才というのは珍しい。コントは寸"劇"であるため設定が存在し、出演者は当然、別人格を演じる。観る者はあらかじめそれに合意しているので、極端におかしなことを言っていたりやっていたりしても何の疑問も感じずに見ていられる。しかし一方の漫才は、センターマイクの前に立つ生身の人間二人のしゃべくりである。あまりにも突拍子のないことをやりだすと存在がぶれてしまい――ダイアンの「サンタクロースを知らない」というネタに少々無理があったように――観る者の首を傾げさせてしまう場合がある。多くの漫才師はそれを防ぐため「おれ美容師やるから、おまえお客さんやって」というように、さっさとコントの設定に引きずりこもうとしたがる。

つまり漫才とは本来、不条理な人物を演じにくい表現形態のはずなのである。しかし徳井はそのハードルを難なく飛び越えてしまう。チュートリアルの徳井として登場し、最後までチュートリアルの徳井としてセンターマイクのまえに立っている。コントに入っているわけではない。だが我々は彼の"不条理な変人"性を実に自然に受け入れることができる。それはひとえに、彼のキャラクターのクレッシェンドのかけ方が抜群にうまいからだ。普通の人間として登場した徳井から、4分後の完全に頭のおかしい徳井まで、見事に地続きで繋がっていく。この昂揚感さえ伴う盛り上げのテクニックは、例えばはなから変な人物として出てくるオードリー・春日のネタで見ることはできない(オードリーを面白くないと言っているわけでは断じてない)。

 

「大名の冷蔵庫やないか」「オーナー」「山が動いたな」などの練られたフレーズもしっかり効いている。正直に言って文句のつけようがない。2006年のM-1でこのネタを目の当たりにしたとき、僕は漫才におけるモダニズムの花が絢爛に咲き誇るのを見る思いがしたものだ。

 

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